県名と県庁所在地が違うのはなぜ?不一致全18県の一覧と歴史の真相
小学校の社会科の授業で誰もが一度は直面する「県名と県庁所在地の不一致問題」。北海道の札幌市や東京都の新宿区をはじめ、愛知県の名古屋市、神奈川県の横浜市、三重県の津市など、なぜ行政区分名と中心都市名が異なっているのか、疑問に感じた経験を持つ人は少なくありません。
全国47都道府県のうち、県名と県庁所在地の市名が一致しない「県」は実に18(表記違いの埼玉県を含めると19)にのぼります。単なる暗記項目として片付けられがちですが、その背景には明治初期の「廃藩置県」における国家再編のドラマや、行政区画をめぐる高度な政治的思惑が刻まれています。長年語り継がれてきた歴史的な真相と、すっきりと頭に入る実践的な覚え方を徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:県名と県庁所在地が一致しない自治体は全国に18県(都道府および表記違いの埼玉を加えると最大22自治体)。
- 要点2:名前が分かれた主因は、明治政府が旧藩の封建的権威を断ち切るために「城下町名」ではなく「郡名」を採用したことにある。
- 要点3:俗説として有名な「戊辰戦争の朝敵懲罰説」は公文書や史実によって明確に否定されており、実務上の統廃合が真相である。
【全一覧】県名と県庁所在地が違う都道府県は何個?地域別まとめ
日本全国47都道府県の中で、県名と県庁所在地の名称が異なる県は合計18県存在します。平仮名表記となった埼玉県(さいたま市)を含めると19県、さらに「都・道・府」である東京都(東京・新宿区)、北海道(札幌市)、京都府(京都市)、大阪府(大阪市)の扱いを含めると、全体の約4割強で名称のズレが生じています。
試験対策や一般教養として整理する場合、まずは完全に漢字名が異なる18県を正確に把握することが最短ルートとなります。地域別の内訳とそれぞれの位置関係を一覧表で確認します。
| 地方 | 都道府県名 | 県庁所在地 | 県名の由来となった郡名・旧地名 |
|---|---|---|---|
| 東北 | 岩手県 | 盛岡市 | 岩手郡(盛岡城が置かれていた郡) |
| 宮城県 | 仙台市 | 宮城郡(仙台城下が属していた郡) | |
| 関東 | 茨城県 | 水戸市 | 茨城郡(初期に県庁が置かれた石岡周辺) |
| 栃木県 | 宇都宮市 | 都賀郡栃木町(旧県庁所在地) | |
| 群馬県 | 前橋市 | 群馬郡(高崎に一時県庁が置かれた経緯) | |
| 神奈川県 | 横浜市 | 橘樹郡神奈川町(旧東海道の宿場町) | |
| 中部 | 石川県 | 金沢市 | 石川郡美川町(一時的に県庁を移転) |
| 山梨県 | 甲府市 | 山梨郡(甲府の東側に隣接していた郡) | |
| 近畿 | 愛知県 | 名古屋市 | 愛知郡(名古屋城周辺を管轄した郡) |
| 三重県 | 津市 | 三重郡四日市(安濃津と統合された際の名残) | |
| 滋賀県 | 大津市 | 滋賀郡(大津が属していた古代からの郡名) | |
| 兵庫県 | 神戸市 | 八部郡兵庫津(古くからの重要港湾地域) | |
| 中国 | 島根県 | 松江市 | 嶋根郡(松江城下が属していた古代郡名) |
| 四国 | 香川県 | 高松市 | 香川郡(高松城周辺を包括していた郡) |
| 愛媛県 | 松山市 | 古事記の「愛比売(えひめ)」に由来 | |
| 九州・沖縄 | 沖縄県 | 那覇市 | 沖縄本島の島名(琉球処分を経て設置) |
※埼玉県については、県庁所在地が「さいたま市」と平仮名表記であるため、文字の同一性という観点から「不一致」として扱うのが一般的です。
なぜ名前が分かれたのか?廃藩置県と明治政府が定めた命名ルール
県名と県庁所在地の市名が乖離した最大の理由は、1871年(明治4年)に実施された「廃藩置県」とその後の統廃合プロセスにあります。江戸時代から明治という近代国家へ移行する際、明治政府には地方行政組織をゼロから再編する必要がありました。
廃藩置県が断行された当初、全国には300を超える「藩」がそのまま「県」へとスライドしました。しかし、あまりに細分化されていたため、政府は直後から大規模な統廃合を進め、最終的に現在の47都道府県の原型へと絞り込んでいきました。
この過程で、明治政府は明確な命名ガイドラインを敷きました。それが「旧藩の城下町名ではなく、県庁が置かれた場所の郡名を採用する」という原則です。
江戸時代の日本は、藩主が君臨する城下町を中心とした封建社会でした。新政府にとって最優先課題だったのは、旧藩主の支配力や領民の帰属意識を解体し、「日本国」という中央集権国家の意識を根付かせることでした。そのため、従来の「仙台藩」「名古屋藩」「金沢藩」といった象徴的な城下町名をそのまま広域行政区の名称として残すことを意図的に避けたのです。
仙台城下が存在した「宮城郡」から宮城県が生まれ、名古屋城下が存在した「愛知郡」から愛知県が命名されたのは、まさにこの統治方針に基づいた合理的な措置でした。
「戊辰戦争の朝敵懲罰説」は本当か?都市伝説のウソを公文書から検証
インターネット上や一部の歴史本で根強く語られてきたのが、「戊辰戦争で旧幕府側(朝敵)についた藩は、ペナルティとして城下町名を奪われ、郡名を名乗らされた」という説です。作家の司馬遼太郎氏が随筆などで触れたこともあり、長年広く信じられてきました。
しかし、近年の歴史学研究および国立公文書館に保管されている公文書の調査によって、この「朝敵懲罰説」は完全な俗説・誤解であることが実証されています。
朝敵説が事実無根である決定的な証拠は、以下の3つの客観的事実から説明できます。
- 官軍側(明治新政府側)の地域でも郡名が多数採用されている:
明治維新を主導した薩長土肥のうち、薩摩(鹿児島県)、長州(山口県)、土佐(高知県)、肥前(佐賀県)は城下町名が一致しています。しかし、同じく官軍側として貢献した伊勢(津藩)は「三重県」、尾張(名古屋藩)は「愛知県」、近江(大津)は「滋賀県」、播磨周辺は「兵庫県」となっており、新政府側であっても郡名が適用されています。 - 旧幕府側・旧朝敵でも県名と市名が一致している地域が存在する:
戊辰戦争で激しい戦場となった会津を含む福島県(福島市)や、奥羽越列藩同盟の中心だった山形県(山形市)は、旧幕府側の地域でありながら県名と県庁所在地名が一致しています。 - 当時の太政官布告・公文書に懲罰規定が存在しない:
明治政府が出した行政文書『太政官日誌』や内務省記録を精査しても、「朝敵であった土地の名称を剥奪する」といった記述は一切存在しません。
名称の不一致は懲罰によるものではなく、複数の藩が合区する際の地域間対立を防ぐ配慮や、県庁舎の物理的な移転といった実務的理由によって生じた必然的な結果だったのです。
【代表5県を徹底解剖】愛知・三重・兵庫・神奈川・香川が別名になった個別事情
不一致となった18県には、それぞれ固有の歴史的背景と地域事情が存在します。特に知名度が高く、疑問を持たれやすい主要5県の経緯を掘り下げます。
1. 愛知県(名古屋市):大藩の残影を断ち切る「愛知郡」の採用
御三家筆頭として絶大な権勢を誇った尾張徳川家の本拠地・名古屋。廃藩置県当初は「名古屋県」として発足しましたが、犬山県など周辺地域を統合する際、旧藩の影響力を払拭する意図から、名古屋城が位置していた「愛知郡」を県名に採用して愛知県が誕生しました。愛知という地名は『万葉集』の「年魚市潟(あゆちがた)」に由来する由緒ある古代地名です。
2. 三重県(津市):県庁移転と南北対立が生んだ妥協の産物
三重県の成立は、複雑な統合の歴史を辿っています。当初、北部の「三重県(県庁:四日市)」と南部の「度会県(県庁:山田)」に分かれていました。1876年に両者が合併した際、地理的中心である「安濃津(現在の津市)」に県庁を置くことが決定。しかし、県名は北部を管轄していた旧県名「三重」がそのまま存続したため、津市に県庁がありながら三重県と呼ばれるねじれが生じました。
3. 兵庫県(神戸市):急速に発展した国際開港場と旧来の港町
兵庫県は、播磨・但馬・丹波・淡路・摂津の「旧5国」が合体した広域県です。幕末に開港地として選ばれたのは古くからの要衝「兵庫津(ひょうごのつ)」でしたが、実際の港湾設備や外国人居留地は隣接する寒村だった「神戸」に整備されました。神戸が国際都市として爆発的に発展する一方、県名には先行して設置されていた「兵庫県」の名称がそのまま定着しました。
4. 神奈川県(横浜市):日米修好通商条約の駆け引きと宿場町
1858年の日米修好通商条約で開港場と定められたのは東海道の宿場町「神奈川宿」でした。しかし、幕府は外国人との衝突を恐れ、街道から離れた小さな漁村だった「横浜」に開港場を建設。新政府移行後も、条約上の国際的な知名度を持っていた「神奈川」を行政名称とし、実質的な中枢機能を横浜に置く構造が確立されました。
5. 香川県(高松市):愛媛県からの分離独立を勝ち取った讃岐の誇り
香川県は、明治期に「香川県設置→愛媛県への強制統合→再独立」という過酷な統廃合を経験しています。1888年に悲願の独立を果たした際、旧高松藩の名称を避け、讃岐国の中心地であった「香川郡」から県名を取りました。旧藩の権威付けではなく、全県民の団結を象徴する広域地名として選定された歴史を持ちます。
小学校社会科から資格試験まで!県名と県庁所在地を完璧に覚える暗記テクニック
試験対策や学習指導において、18もの異なる組み合わせを力づくで暗記するのは非効率です。体系的に整理し、エピソード記憶を活用した効果的な攻略手順を紹介します。
ステップ1:一致する「29道県」を先に除外する
47都道府県のうち、大半の29道県(青森・秋田・福島・新潟・長野・静岡・京都・大阪・広島・福岡など)は名称が一致しています。「大半は同じである」と認識した上で、例外となる18県のみをターゲットに絞り込むことが心理的負担を劇的に減らします。
ステップ2:地域ブロックごとの「代表都市ペア」で覚える
単語カードのように丸暗記するのではなく、地方ごとのブロックで塊にしてインプットします。
- 東北ペア:「岩手=盛岡」「宮城=仙台」(東北で違うのはこの2つだけ)
- 北関東トリオ:「茨城=水戸」「栃木=宇都宮」「群馬=前橋」
- 中部・甲信越ペア:「山梨=甲府」「石川=金沢」
- 東海・近畿カルテット:「愛知=名古屋」「三重=津」「滋賀=大津」「兵庫=神戸」
- 四国・山陰・沖縄:「島根=松江」「香川=高松」「愛媛=松山」「沖縄=那覇」
ステップ3:語呂合わせと情景イメージで固定化する
小学生の指導現場や中学受験対策で長年高い効果を上げている定番の語呂合わせを活用します。
- 「盛んな岩(盛岡・岩手)に、宮の船(宮城・仙台)」
- 「茨の水(茨城・水戸)で、栃の宮(栃木・宇都宮)を洗う」
- 「愛の名古屋(愛知・名古屋)で、津に三重(津・三重)」
- 「神の横(神奈川・横浜)に、兵の神戸(兵庫・神戸)」
- 「島で待つ(島根・松江)、香る高い松(香川・高松)、愛の松(愛媛・松山)」
【県 名 県庁 所在地 違う】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:県名と県庁所在地の市名が違う県は、正確に何個ありますか?
A1:漢字表記が完全に異なる「県」は全国で18県です。平仮名表記の「さいたま市」を持つ埼玉県を含めると19県となります。さらに東京都(新宿区)、北海道(札幌市)、京都府(京都市)、大阪府(大阪市)を含めた都道府県全体で見ると、計22〜23の自治体で広域名称と所在地名に差異が存在します。
Q2:「朝敵だったから県名を変えられた」という噂は本当ですか?
A2:明確な歴史的誤り(俗説)です。明治新政府側の藩(尾張の愛知県、津の三重県など)でも郡名が採用されており、旧幕府側(山形県、福島県など)でも一致している事例があります。明治政府が旧藩の封建意識を払拭するために設けた「郡名採用ルール」や、明治期の統廃合・県庁移転が真の理由です。
Q3:なぜ「県」だけが市名と異なり、東京都や大阪府は同じなのですか?
A3:東京、大阪、京都は明治初期に「三府」として別格の扱いを受け、都市そのものが広域行政単位としてスタートした歴史があるためです。一方、地方の「県」は複数の藩や広大な農村地帯(郡部)を統合して作られたため、中心都市名ではなく地域全体を包括する郡名や国名が優先されました。
Q4:大人になってから県庁所在地を学び直すメリットは何ですか?
A4:単なる雑学にとどまらず、日本の近代史(明治維新・廃藩置県)の統治構造や、現在の地域経済圏・交通網の発達経緯を構造的に理解できる点にあります。地理的リテラシーを高めることで、ビジネスにおける地域理解や旅行時の歴史探訪の解像度が飛躍的に向上します。
まとめ:歴史の統廃合が生んだ行政名称の深層
県名と県庁所在地が異なる背景には、日本の近代化を急いだ明治政府の統治哲学と、地域統合を円滑に進めるための知恵が凝縮されていました。
単なるテストの暗記項目として捉えるのではなく、「なぜその名前が選ばれたのか」という歴史の文脈に目を向けることで、日本の地理と歴史の結びつきをより深く、立体的に楽しむことができます。日常のニュースや旅先で出会う地名の由来に、ぜひ思いを馳せてみてください。 (出典: 県 名 県庁 所在地 違う(Yahoo!ニュース))